【後編】テクノロジーで顧客と従業員の満足度を高め、新時代のフィットネス事業で勝負

50年以上の歴史と全国68店舗(2024.3月時点)に展開するスポーツクラブNAS株式会社(以後、NAS)はこれまでも日本経済とともに紆余曲折を経てきた。そして2024年4月、フィットネス業界が新時代を迎えて急激に多様化する中、50年以上蓄積してきた知見と顧客から求められた価値を振り返り、変革への第一歩を踏み出す。複数店舗・社員を抱えるフィットネス経営者、フィットネス業界でのキャリア形成を考えるトレーナーに届けたい、進化したテクノロジーを活用した、時代に左右されないフィットネスの価値とは。前編に引き続き後編をお届けします。

プロフィール

スポーツクラブNAS株式会社クラブ事業部 部長 高橋 秀和(写真右)
スポーツクラブNAS株式会社経営戦略部 部長 渡辺 克己(写真左)
株式会社カロコ(フィットネスカルテサービスkaloko)代表取締役 林 諒(写真中央)

目次

1.新時代を生き抜く人事制度の改革。その背景と狙いとは(前編)
2.消費者庁「事故防止方針」に対するリスク管理とは  (前編)
3.新時代に求められる総合型フィットネスジムとは   (本ページ)
4.価値を提供し続ける複数店舗マネジメントとは    (本ページ)

3.新時代に求められる総合型フィットネスジムとは?

近年フィットネス業界は24Hジム、ヨガピラティス、パーソナルジムなどの新興型ジムの台頭で変革期を迎えている。テクノロジーの進化も急速に進み、トレーニングコンテンツはSNSで無料で手に入り、AIに質問すれば何でも答えてくれる。そんな時代になっても変わらない本質を見据え、時代に対応していく必要がある。

求められるスキルの変化に対応するためにシステム構築が大事

高橋:求められるスキルはいろいろあると思います。SNSが発展し、顧客は情報に溢れていて、知っていることも増えています。顧客が持つインサイトや目的に対して何をやる必要があり、その結果どうなるのか?を設計でき、エビデンスを踏まえてきちんと論理的に説明できる、そういった能力が必要だと思います。

林:具体的に現場で何かやっていることはありますか?

高橋:そのようになれる環境に少しずつ変えていっています。栄養面で他社サービスと連携したり、顧客ごとに情報が集約されるプラットフォームを社内システムとして設計しています。元々は管理を目的にした会員管理システムでしたが、ただ管理するのではなくさらに進化させて、顧客ごとのマイページや利用状況など、パーソナライズ情報も蓄積できるようにしていきます。昨年から一部リリースしはじめていて今年度から大きく変わっていきます。

林:まさにkalokoですね(笑)私たちはそういった1億円近くかかるようなシステムをできるだけ多くのフィットネス事業者に活用して欲しくて、クラウドにすることで安価に提供することを可能にしています。フィットネスをやりっぱなしにするのではなく、やった結果どう変化したのか?が“見える化”されていないことが、消費者として課題だと思っていました。

高橋:まだまだこれからですが、この仕組みが実現できればさらに顧客によいサービス体験をしてもらえるようになると思います。

林:フィットネス情報が集約されるプラットフォームを設計するうえで一番大事にしたポイントは何ですか?

高橋:まずは今ある情報を集約することが第1歩目だと思っています。「なぜ退会したのか?」「何をどう利用したのか?」「何が不満で退会したのか?」を100%取れるようにしようという目標で始まりました。そこから課題も強みも見えてくるのだと期待しています。「データ化して分析できるようにする」これは本当にビジネスとして当たり前、基本中の基本ですが、いろんなシステムがたくさんあり煩雑になることが数年続いていました。そのため今は基本に立ち返ってプラットフォームにしようと思っています。ゆくゆくは顧客フィードバック機能なども付けて、評価を可視化していきたいですね。

コミュニケーションを最大化するためにテクノロジーを利用するという考え方が大切

林:紙をただデジタル化する風潮がありますが、それでは意味がありません。デジタルにするからこそ生まれる価値が重要です。例えばジム以外の日常の歩数や睡眠データをトレーナーと連携し、生活習慣を把握したうえでセッションを組めたら、新しい付加価値になると思っています。

渡辺:世の中の流れ的にデジタル化していくことは重要ですが、業界としてはサービスが多様化してフィットネスへのハードルが下がったことで、フィットネスが苦手だったり、運動が嫌いな人もフィットネスをする機会が増えてきたと感じています。そういう人をやる気にさせるのは難しく、いくら良いテクノロジーがあっても「楽しんでもらう」「できなかったことができるようになる」といった体験はなかなか生まれません。そこを「トレーナーにしかできないスキル」として伸ばしていくことが大事だと思っています。総合型ジムはコロナ禍を経て経営が困難になり、ジム、プール、サウナなど固定費がかさむので、苦渋の判断で人件費を抑制する動きもありました。だからこれまでジムにいた従業員がいなくなる、だから顧客も不満になる。そんな負のスパイラルが長期に及んだので、従業員と顧客とのコミュニケーションが減り、最近入る従業員はそのようなコミュニケーションスキルを先輩から学ぶことも難しくなってきました。

ただ個人的には、総合型ジムの強さはコミュニケーションが当たり前の時代で成長してきた業態だ、ということにあると思っています。総合型ジムのスタッフは、顧客との話法だけでなく、楽しむ、元気、笑顔などのホスピタリティ力が、新興型ジムより高いのではないかと考えています。そこが強みだと改めて認識し、強化することでNASらしい価値をしっかり出していきたいです。

トレーナーにしかできない価値。「コーチング・モチベーター・コミュニティ活性」

林:総合型ジムは人とのちょうどいい距離感が強みだと思います。テクノロジーが発展したAI時代には「人間にしかできないこと」を考える必要があると思います。フィットネスにおいては「コーチング・モチベーター・コミュニティ活性」がトレーナーにしかできない価値だと思います。ここを最大化するために、人間じゃなくてもできることはテクノロジーやAIに任せて可処分時間を増やすべきだと思います。

渡辺:まさにそうだと思います。限られた従業員のリソースをどこに割くか?が重要だと思います。より顧客サービスの質を上げることは、テクノロジーとのバランスであり、分担だと思います。幅広いフォローが必要なのはトレーニングだけでなく、顧客とのコミュニケーションやメンタル面のサポートなのだと思います。そこが総合型ジムに求められるもので、そこを強みにしていきたいです。

林:スマホやスマートウォッチなどの普及で自然とヘルスケアデータがどんどん溜まっています。これらのデータを顧客に合わせてどう紐解き、第一歩目をアドバイスし、伴走できるかが重要だと思います。

高橋:そうだと思います。顧客のことをきちんと把握せず、あれもこれも提案していたのが過去。顧客ごとの目的に応じた最適解を提供できるコミュニケーション、プランニングの力が必要になってきます。そこにエビデンスも加わると信頼に繋がるのだと思います。

フィットネスジムに対する期待値コントロールをテクノロジーの力でサポート

高橋:当然のことだと思いますが、やはり初動が大事だと思います。入会したらできるだけ早くフィットネス効果や費用対効果を体感してもらわないといけません。4月以降はこの部分に特に力を入れていきます。入会後2か月間のご利用パターンによって、継続率がどれくらい延伸していくかのデータがあるので、そこをKPI(Key Performance Indicator:重要達成度指標)にして取り組みを始めています。

例えば来店ごとにイベント(次の来店に繋がる仕掛け)の発生とプロダクトへの誘導があります。初期定着サポート用のレッスンや、新規入会者用のトレーニングサポート、パーソナル、スタジオレッスンなどへの誘導です。すると顧客の居場所や目的が明確になっていき利用回数が増えてくるのです。KPIであるご利用パターンに近づけば継続率が延伸する可能性も高まるので結果的に成果も出て、効果も感じ、また継続率が伸びるという好循環が生まれるというロジックです。これらの段階的なサポート、フォローを本部として特に注力しています。

林:具体的に何を変えたのですか?

高橋:イベント発生では、来店ごとにインセンティブを付与しています。また、MA(マーケティングオートメーションツール)を使って来店が少ない人へアプローチをしたりもしています。新規入会者用プログラムを用意して「毎週何曜日の何時に来てやること」をある程度こちら側で作っていく。そんな定着の仕掛けを作っています。

渡辺:「退会アンケートで本音は拾えない」というのは業界の大きな課題として上がると思います。だからこそ初期定着が重要な指標になると思っています。多種多様な人がいるからといって何もアプローチをしないと退会に繋がりますし、逆に何もしなくても退会しない人はしない。人が退会する理由なんて多岐にわたりすぎているからこそ、評価が標準的に得られる初期の定着が大事だと思っています。

林:顧客満足度、フィットネスにおけるカスタマーサクセス(顧客を成功体験へと導くための取り組み)は顧客の運動の習慣化だと思っています。kalokoとしてもここが一丁目一番地として大事にしています。

4.全国68店舗(2024.1月時点)。会社組織として再現性があり、価値を提供し続ける複数店舗マネジメントで大事にしていることとは?

健康ブームを背景に全国にフィットネスクラブが広がる一方、倒産も急増している。東京商工リサーチによると2023年度の倒産件数は28件に達し過去最多を記録している。事故防止や顧客満足度を高めることと多店舗出店戦略をどう両立していくのか。

NASが考える、全国の店舗組織をまとめるために大事にしていること

渡辺:これをやったから成果が出たというのはなかなかありません。50年の歴史があっても、ずっとやり続けていることは無いというのが正直なところ。特に店舗が増えると管理しきれないので、数値化し、係数にし、追うべき数字をしっかり決めて、それらのPDCA(Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Action(対策・改善)の仮説・検証型プロセス)をしっかり回すというビジネスの基本をやり続けることだと思います。

林:これはどの業界、会社でも当たり前にやっている社会人基礎力でもあるし、浸透していくことが大事だと思います。新卒で入った従業員にはこういう仕事のスタイルは研修などで伝えているのでしょうか?

渡辺:はい、私は研修も担当させていただいていますが、きちんと研修で伝達しています。ただ座学だけでは身に付かないので、やはり実店舗でどう管理されてるかの方が重要です。上長がどう指導しているかなど現場への浸透はこれからの課題のひとつだと思っています。

現場を100%把握するのは無理。本部として抑えておくべきポイントとは?

渡辺:大和ハウスグループ(NASの親会社)の取り組みで、エンゲージメントサーベイ(従業員が会社や仕事に対してどの程度情熱を持っているのかを測定するための調査)をしていて、働くモチベーションや会社への愛着度をアンケートを通じて数値化しています。「自分の会社をどれだけ他社へ勧めたいか」「働くモチベーション」などが数値化されるので、それを分析して、たくさんある大和ハウスグループの企業の中でNASはどうなのか?昨年に比べてどうなのか?などの違いを把握し、違いや変化、悪い点をきちんと追って、改善していきたいと思っています。従業員の満足度が高くないと顧客満足度も高まらないですからね。

林:大企業では当たり前にできている数値化してPDCAを回すことは、まだまだフィットネス業界では進んでいないと感じます。NASには先駆者としてぜひリードしていってほしいと思います。我々は客観的な目線を持って、そこをサポートしていく会社だと思っています。

渡辺:顧客満足度を定量化していくkalokoのようなサービスは、コストだと思われがちですが、集客!集客!となりすぎないよう、そこは中長期的な目線を持つ必要があると思います。結局、NASも顧客満足度に立ち返り、それを加速させるために定量化していくことにコストをかけていますからね。最初からプラットフォームがあればこんなに苦労することもないと思います。

属人化しないためにNASブランドとして大事にしている仕組みや制度とは?

渡辺:従業員のモチベーションが一番大事だと思っています。コロナ禍を経て辞めた人が多かったからこそ、改めて強く実感しています。どこの業界・会社でもそうだと思いますが、働いている人が楽しくないと顧客が楽しんでくれるわけがありません。特にフィットネス業界はそこの繋がりは深いと思います。目に見えて分かる、モチベーションが上がる・実感ができる仕組みはまだまだNASも足りないところだと考えています。今日話した取り組みがモチベーションに繋がっていくと思うので、従業員と顧客の満足度をセットにこれからも注力していきたいですね。

林:本当に頑張っているトレーナーほど、顧客のためにプライベートを削って、夜な夜なエクセルを作ったりしている話を聞きます。でもそれは外からは見えないし、評価されないから、給料も変わらず、生活が苦しくてフィットネス業界を辞める人も多いようです。フィットネス業界ではセッション数で評価されがちですが、顧客満足度、モチベーションが数値化されていけば「頑張りの見える化」がされ、努力している人に光があたるようになると思います。

渡辺:まさに評価指標がセッション数だけになると「セッションしてる俺が偉い」となってしまい周囲のトレーナーへ悪影響を与えてしまう可能性もあると思います。NASはパーソナルジム特化ではないこともあり、顧客がどれだけ継続するかのLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)が一番重要な指標です。

林:「パレートの法則」というビジネスの基本がありますが、中長期的に見ると上位20%の優良顧客が売上の80%を占めるというのは歴史が証明してきた事実なので、LTVはとても大事だと思います。初期定着するからこそ、他のプロダクトにも目が向き、顧客も新たな体験をし、満足度が高まる。すると結果的に売上も上がっていくというLTVの向上だと思いますが、いかがですか?

高橋:まさにそうですね。そこを目指しています。結局、LTVの向上を目指した方が継続してもらえるし、成果が出てフィットネスジムとしての価値を見いだせます。身体だけでなく精神的、メンタルの部分も良くなるという体験をしてもらえると、顧客のエンゲージメントは高まると思っています。

フィットネスの仕事の魅力は「ありがとう」を聞けること。だから従業員と顧客満足度をセットで最大化することが大切

林:フィットネス業界も多様化していますが、総合型ジムNASとしての強みを生かし、顧客ファーストな姿勢を演出してもらえると、消費者も選びやすくなると思います。

高橋:我々もこの2~3年間本当に悩み、様々な方向性があった中で、顧客満足度、従業員満足度の向上という方針にようやく目線と足並みが揃って、2024年4月を迎えることになりました。

林:カスタマーサクセスを経営戦略においた企業は、何かをキッカケに一気に浸透していき、そこからは加速度的に成果が出て行くので楽しみですね。顧客の声を耳にしたり、日常生活でも口コミを聞くとか、そういう体験を従業員がすると「働いて良かったな」と思えるのでそれまでやり続けてほしいです。

高橋:フィットネス業界はお客様からの声が直接聞ける魅力的な仕事だと思っています。私自身、トレーナー時代に少しのことでも「ありがとう」と言っていただけることが嬉しくて、仕事にやりがいを感じていました。この「ありがとう」の積み重ねがお客様の信頼となり、顧客満足度に繋がるのだと思います。テクノロジーやAIが進化しても、こういった本質は残っていく価値だと思います。

林:まさに「心が動く」はテクノロジーやAIにはできないと私は確信しています。人間でなくてもできることはテクノロジーに任せ、人間にしかできない価値をフィットネス業界で仕掛けていきたいですね。今日はありがとうございました。

フィットネスカルテサービスkalokoとは?

【脱・現場社長】オーナートレーナー向け評価を定量化したカスタマーサクセスシステムです。
月額980円~。株式会社カロコでは、従業員・顧客満足度の向上というテーマのもと、パーソナルジムを中心にフィットネスカルテサービスkaloko(顧客管理システム)を提供しています。

現在はフィットネスカルテ機能により、会員継続率UP、トレーナーの人事評価、店舗マネジメントによる現場の見える化を実現しています。24Hジムとパーソナル併用、トレーニングだけでなくヨガピラティス、エステ、整体などの施術にも対応しているので相互送客の管理も行えます。

カスタマーサクセスという分野において他ジムとの差別化、オーナートレーナーが現場を離れるためのマネジメントシステムとしても活用いただいております。

フィットネスカルテサービスkalokoでは、いつ、誰が、どのトレーニングを、どれくらいして、それに対してどう感じたかのフィードバックがあり、結果として体組成や体調がどう変化しているのか?のジム効果・必要性を見える化し、ケガ等のリスク訴訟にも対応したエビデンスを作れます。